齢60を越えています。現役サラリーマンです。仕事の前にカフェミストを飲みながら、あれこれ考えています。

時々、頭の中で三匹のたぬきが会話しています。
丸夫「ボクたちは、どこから来たの」
パル子「そんなの分からないは」
テル実「小麦と小豆じゃない」
丸夫「ボクたちは、何ものなのか。ボクたちは、どこへ行くのか。なぜ何もないではなく、何かがあるのか。」
パル子「一人哲学してるのかしら。あれね『Why is there something rather than nothing?』ね。形而上学において最も有名な命題ね。」
テル実「私たちは人形焼きでしょ。お客さんのお腹の中に行くの。何もない?あんこがあるよ」
丸夫「コペルニクスやニュートンに始まり現代に至るまで、神の御業と思われていたことが、科学によって説明できるようになったね。でも最後の『何故』に科学は答えられない。」
パル子「ビックバンの後は分かりそうだけど、ビックバンの前はなんだったんだろうね。nothingだったのかな?謎だね」

丸夫「話は変わるけど、ボクは平家物語より、方丈記のほうがピンと来るな。
『ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。』
パル子「久しくとどまるためしなしか。まさにそうだね。人の世の定めだね。」
テル実「そうだね。翌日には消化されるもんね。そうだそうだ。」

分からんことばかりです。きっと分からないままでしょう。

さてと一口残ったマグカップの中のカフェミスト。バリスタさんによっては、最初の一口と最後の一口が変わらないカフェミストを作る凄腕の人がいるんだよね。冷めてもうまい。ああ、満足満足。

さてと、今日という一日を大切に一生懸命生きてみましょうか。

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