万葉集にこんな歌があります。
世の中を何に譬(たと)へむ朝開き漕ぎ去(い)にし船の跡なきがごとし
(岩波文庫:万葉集(一)より 351 沙弥満誓(さみまんぜい)の歌一首
訳は「この世を何に譬えよう。朝に港を出て漕ぎ去った船の、波の跡が残らないようなものだ。」と、人生の無常を詠った一首です。
実際、この歌は後の世の人々に無常の歌として広く知られていたようで、「拾遺集」「和漢朗詠集」そして「方丈記」にも引用されています。以下の通りです。
「方丈記」では、「こゝに六十の露消えがたに及びて、更に末葉(すゑば)の宿りをむすべる事あり。いはば旅人の一夜の宿をつくり*2、老いたる蚕の繭を営むがごとし。~(中略)~若し跡の白波にこの身をよする朝(あした)には、岡の屋にゆきかふ船をながめて、満沙弥(まんしゃみ)*1が風情をぬすみ、もしかつらの風、葉をならす夕べには、尋陽(しんやう)の江(え)を思ひやりて、源都督(げんととく)の行ひをならふ。」とあります。
*1満沙弥(まんしゃみ)が、冒頭の沙弥満誓(さみまんぜい)その人です。
ついでに、*2は「池亭記」からの引用です。池亭記は、鴨長明さんのご先祖様が作者です。長明さん、印刷技術もない時代に生きたのに、万葉集も池亭記も読まれていた訳で、「六十の露消えがたに及びて、更に末葉(すゑば)の宿りをむすべる」とは言え、歌の教養には長けた人でした。
